大判例

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東京高等裁判所 平成11年(ネ)5781号 判決

控訴人 和幸建設工業株式会社

右代表者代表取締役 和賀章夫

右訴訟代理人弁護士 内藤満

同 小村享

同 林史雄

同 増田利昭

被控訴人 株式会社 花牧農協会

右代表者代表取締役 坂本静夫

右訴訟代理人弁護士 牧野英之

同 寺島秀昭

同 森本哲也

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一両当事者が原審及び当審で求めた裁判(訴訟費用負担の裁判と仮執行宣言を除く。)

控訴人は、原審において、「被控訴人は控訴人に対して、一億〇九五一万七五八六円及び内金九〇〇〇万円に対する平成一〇年六月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。」との判決を求めたが、原判決は控訴人の請求の全部を棄却したので、原判決を取り消して、あらためて控訴人の請求を認容して、右のとおり支払を命ずる判決を求めたのに対して、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二事案の概要

控訴人は被控訴人に対して、平成五年一月二九日から平成六年七月一八日にかけて六回にわたり、返済期限と利息を定めずに貸し渡した合計金九〇〇〇万円及びこれに対する各貸付日以降支払済みまでの商事法定利率による利息と遅延損害金の支払を求めた。

これに対して被控訴人は、「被控訴人の経営が安定して利益をあげて、返済できるだけの財政状況が整うまで」という黙示の合意による不確定期限があり、この期限は未だ到来していないし、仮に右不確定期限がないとしても、本訴による弁済請求は信義則に反し権利濫用により許されない、と反論した。

一  当事者双方の主張内容と原審が証拠により認定した事実は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の第一、二項及び「第三 判断」の第一項及び第二項の1ないし4記載のとおりである(もっとも後述のとおり原判決の認定判断のうち、「不確定期限が付せられていた」(原判決二〇頁九行目)及び「期限の定めがないものと考える根拠にもなしえない」(原判決二一頁六行目)との判断は採用しない。)。当裁判所も原審において提出された証拠を再吟味し、当審において提出された証拠を取り調べた結果、原審における右事実認定は概ね正しいものと判断した。原裁判所と当裁判所の認定事実を要約すると概ね次のとおりである。

二  被控訴人会社は、平成四年四月二三日、群馬県群馬郡倉渕村に「花と動物のふれあいの里ペットワールド」(以下「ペットワールド」という。)を建設して運営することを目的として、控訴人会社と被控訴人代表者坂本静夫個人(以下「坂本」という。)と共立工業株式会社の三名(以下この共同設立者を単に「三名」と略称する。)が各一〇〇〇万円を出資して合計三〇〇〇万円を資本金として設立され、坂本が代表取締役、控訴人会社の代表者和賀章夫(以下「和賀」という。)と共立工業株式会社の代表者阿佐美秋雄(以下「阿佐美」という。)が取締役となった。

三  被控訴人会社の開業等資金として必要とされた四億五〇〇〇万円のうち各一億円を三名が拠出することになったが、うち各一〇〇〇万円は資本金とし、残りの各九〇〇〇万円は被控訴人会社に対する各人の貸金とすることとして、三名とも合意に従って各一億円を拠出した。控訴人会社が本訴で請求しているのは、この貸金として拠出した九〇〇〇万円とそれに対する利息及び遅延損害金である。

四  開業等資金の残りの一億五〇〇〇万円は、株主が提供した不動産等を担保に金融機関から融資を受ける計画であったが、借りられなかった。そこで三名が各五〇〇〇万円を追加拠出することになり、控訴人は六〇〇万円、坂本は七〇〇万円を拠出したが、それ以上の調達は難しかったので、阿佐美が平成七年九月二八日に、個人で巣鴨信用金庫から一億三五〇〇万円を借りて、和賀と坂本が連帯保証をした。

五  この借入金は被控訴人会社で費消したが、そのうち四四〇〇万円を控訴人、四三〇〇万円を坂本が分担することになり、坂本は平成八年六月、自宅を売却して分担分全部を支払ったが、控訴人は支払期限である平成一〇年九月二三日を過ぎても支払わないので、阿佐美は別訴によりその支払を求め、平成一一年一二月二二日、阿佐美の請求を認容して控訴人に支払を命じる一審判決があった(東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第一三一四〇号事件)。この別訴に対抗して提起されたのが本件訴訟である。

六  ペットワールドは平成六年四月に開場し、開園当初は盛況であったが、同年六月以降入場者が激減し、毎年赤字が続き、平成一〇年四月三〇日までの累積損失は三億四七九一万円余であり、その後は決算書を作成する費用もない。

七  被控訴人会社の設立当初の役員構成は第二項記載のとおりであったが、平成六年九月には阿佐美も代表取締役に加わった。しかし和賀は被控訴人会社の経営には次第に消極的となり、平成一〇年六月期を以て取締役を退任した。平成一〇年八月時点での被控訴人会社の取締役は、坂本と阿佐美の他一名であるが、被控訴人会社は、現にペットワールドの経営からは手を引き休眠状態にある。

第三原判決の判断と控訴理由

一  原判決の判断

原判決は、その「第三 判断」の第二項の5、6において、「以上から、本件貸付には、被控訴人の経営が安定して利益をあげ、返還できるだけの財政状況が整うまでという不確定の期限が付されていると考えるのが相当である。そして、前記認定の財務状況からすれば、右期限は到来していないことは明らかである。なお、控訴人は、被控訴人の財務状況から考えて不確定期限の到来は当面あり得ないから、被控訴人において右期限を主張することはできないと主張するが、被控訴人の経営が将来どのようになるかについて現状では断定的な判断はできず、理由がない。」と判断して、被控訴人の不確定期限未到来の抗弁を容れて、控訴人の請求を棄却した。

二  控訴理由

控訴人が主張する控訴理由は、本件貸金の弁済につき、「出世払特約」といわれる不確定期限が付されていたとした原判決の認定判断は誤っているし、また被控訴人会社は既に絶望的な状況にあって回復の見込みがなく、不確定とされた事実は発生しないことが確定したから、いずれにしても本訴請求を棄却した原判決は取消を免れないというにある。

第四当裁判所の判断

一  原判決の結論は正しいが、その理由は相当でない。原判決認定のとおり被控訴人会社は既に休眠状態にあり、開業以来利益があったことはなく、平成一〇年四月末日現在における未処理累積損失は三億四七九一万円余である。同日現在の貸借対照表によれば、資産合計は三億〇一七九万円余で負債合計は六億一九七〇万円余となっており、資産のうち建物と建物付属設備と構築物の合計が二億二五五八万円余であるが、特殊な目的のために作られたものであるから殆ど対価を得て譲渡できる可能性が乏しく、その他の資産の換価性も殆どないものと推認される。それに引き替え負債は短期借入金が三三四万円余、未払金が九一〇八万円余であり、三名の拠出金なども含むと推認される仮受金が五億二四八八万円余となっている。

《証拠省略》を総合しても、展望できる将来において、被控訴人会社の経営が好転するとは到底考えられない。確かに、将来に復活する可能性が絶無であるとは断言できないが、奇跡でも起こらないかぎりは、「被控訴人の経営が安定して利益をあげ、返還できるだけの財政状況が整う」という事実は、発生しないことに殆ど確定してしまったといってもよい状況にあるから、期限到来のために必要な不確定事実は発生しないことに確定したと認められる。そうすると、もし本件貸金の弁済期限につき、右鍵括弧内に記載の不確定期限が付せられていたとすれば、不発生確定により弁済期限が到来したとの結論に達する可能性がある。しかし、不確定期限が付せられていたとする原判決の判断が誤りである。

さりとて履行期限の定めがないということもできない。控訴人は期限の定めがない債務であるから請求次第弁済期が到来すると主張したが、その主張を排斥した原判決の判断も正しい。

二  本件の貸金は貸金には相違ないが、前出第二のとおりの事情により、開業資金及び開業当初の運転資金として使用するために、共同創業者三名から拠出されたものであるから、資本金に準ずるものである。信義則上、他の負債を弁済し運転資金を賄うことができるだけの資金の余裕ができた段階において初めて返済を求めることができる特殊な貸金である。仮に被控訴人会社において破産手続を含む清算手続が行われたとした場合においては、他の一般無担保債権と同一順位で平等配当を受けられる債権とするのは衡平ではなく、それよりも劣後する債権であって、信義則上、全ての負債を完済した後に株主に対して残余財産を分配する段階に至って、株主に先だって返済を受けられる債権に過ぎないものである。そうすると大幅な債務超過の状況にある現時点において、本件貸金の返済を求めるのは信義則に違反し、権利を濫用するものであるといわざるを得ない。

第五結論

とすると理由は異なるが、控訴人の請求を棄却した原判決は、その結論において正しいから、本件控訴を棄却するものとし、民訴法六七条一項本文、六一条により、控訴費用は控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙木新二郎 裁判官 北澤晶 白石哲)

〈以下省略〉

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